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時代とOKI

第12回 キャッシュディスペンサーとATM

1960年代半ばに銀行をはじめとする金融機関を中心に、リアルタイム処理を前提としたオンラインシステム化の波が訪れます。その中にあって、OKIは最も先進的にオンライン化に取り組んだ富士銀行(現在のみずほ銀行)のシステムを受注。「端末のOKI」としての経験と実績をいかんなく発揮し、キャッシュディスペンサー(CD:現金自動支払機)、ATM(現金自動預払機)の開発に挑みます。

第2次オンラインシステム構築は金融機関が牽引

企業の情報システムは基本的に業務支援を目的に構築されます。一方、銀行のシステムは、そのシステムの機能自体が銀行の商品やサービスと直結。インフラ整備の良否が企業評価を左右する点に大きな特徴が見られます。このこともあり、日本で1970年代半ばから始まった「第2次オンラインシステム」への移行は金融機関が牽引役を務めました。

OKIが開発にあたった富士銀行は、1972年(昭和47年)に他社に先駆けて「第2次オンラインシステム」への移行を計画。OKIに端末システムの開発を依頼しています。主目的は、「預金」と「為替」に限っていた勘定科目のすべてをオンラインで連携処理する「総合オンラインシステム」へ再構築することにありました。

この要望に応えてOKIが1973年(昭和48年)に開発したのが、「OKITAC-1300ターミナルシステム」です。第1次オンラインではホストコンピューターが各端末を処理していたのに対して、同システムではホストコンピューターと端末の間にターミナルコントローラー(TC)を配置。中型コンピューター並みのメモリー(65Kバイト)を有するTCが入出力データのチェックや編集を代行します。一台のTCで複数の営業店をコントロールできるため、ホストコンピューターの負担は軽減。接続可能な端末数の増大にもつながるなど、金融機関のオンライン普及に大いに貢献しました。

自動窓口機の開発で試行錯誤


富士銀行に納入した第一号機CD

1975年(昭和50年)11月に都市銀行・地方銀行・相互銀行が共同出資した「日本キャッシュサービス」がCDの営業をスタートしました。駅やデパートなどに設置され、これを契機にCDは急速に普及。1979年(昭和54年)のATM登場後は、自動窓口機の市場は一挙に加速していきます。

こうした流れにあって、OKIは1970年(昭和45年)12月にいち早くCDの第一号機を富士銀行に納入。1974年(昭和49年)にはCDの受注累計が2,000台に達します。OKIはこの成功を受けて、同年、AD(自動預金機)の開発に着手します。ところが、CDで培ったノウハウはまったく役に立ちませんでした。顧客が財布から取り出す紙幣の質が不安定で、銀行では支払いに出さないようなくたびれた紙幣まで全て機械処理する必要があったからです。とりわけ困難を極めたのが、紙幣の分離です。OKIは紙幣を分離するため、真空ポンプを使ったロータリー式吸引機構を新規開発。問題は2枚目の紙幣を1枚目の紙幣につられることなく残すことでしたが、試行錯誤の末、ゴムベルトを逆回転させて2枚目以降を剥ぎ取る仕組みにたどり着くのです。

世界初の紙幣還流型ATMへの挑戦


OKI製のATM「OKI AUTO TELLER」

1980年代に入ると、金融機関のキャッシュサービスコーナーには多くのATMが並ぶようになります。ただし、ATMには入金紙幣のカセットと出金紙幣のカセットが別々に存在し、各ATM内には多額の現金が残されていました。そこで入金された内部滞留資金を出金に回すという効率向上の研究が始まります。

最大の難関は、入金時にはさまざまな状態の紙幣を一枚ずつ整然とスタッカ(金庫)に積み上げて収納し、出金のときはその紙幣を一枚ずつ繰り出すことでした。世界初となる紙幣還流型ATMの開発に向けた挑戦は、この対策に約1年の歳月を費やし、1982年(昭和57年)、最終的には紙幣入出金機を全面的に作り替えた「AT-100シリ-ズATM」を発表することになります。同シリーズではカラーディスプレイを使った振込み/振替機能や封筒受付機能など新しい機能を追加したモデルも発表。自動振込機には硬貨の入金・つり銭支払いの機能を追加して、キャッシュカードだけでなく現金での振込みも可能としました。

いまやコンビニにも設置され、ごく当たり前の存在となっているATMですが、開発当初はさまざまな苦労があったのです。

 

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