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時代とOKI

第6回 電話技術で世界に羽ばたく

日本経済は1955年(昭和30年)を境に、国民所得が戦前を上回る水準に達し、高度経済成長へと突入します。OKIも他の多くの企業と同様、生産設備と研究開発に積極的に投資するとともに、国内外に関係会社を設立し、総合通信メーカーとしての歩みをスタート。海外へ向けた事業拡大にも注力していきます。

大型プラントの輸出に挑戦

戦後の高度経済成長は当初、重化学工業をはじめとする民間の設備投資と技術革新が牽引し、それが新たな需要を喚起することで加速していきます。1956年(昭和31年)の経済白書は「もはや戦後ではない」と高らかに宣言します。そしてこの好循環が、日本経済を戦前の最高水準を上回るまでに回復させました。

続く1965年(昭和40年)から約5年に及んだ「いざなぎ景気」は、日本製品の盛んな海外輸出によって主導されます。この流れにあってOKIもまた、国内需要に依存しているだけでは大きな飛躍はないとの判断のもと、海外市場に注力していきます。

具体的には、アジアを中心に電話交換機と電話機の輸出を展開する一方、大規模なプラント輸出の受注に向けて、いち早く中南米市場に照準を合わせます。1957年(昭和32年)には早速エルサルバドルにおける通信網建設の国際入札に参加し、見事に権利を獲得しました。ところが、同国においてすでに実績を有していた欧米メーカーが日本企業の参入に反発。エルサルバドル政府に圧力をかけて再入札とし、結局、OKIの入札は撤回されてしまいます。

ホンジュラスとの通信網建設を調印


ホンジュラスのテグシガルパ電話局(中央の建物)

エルサルバドルでの苦い経験は、OKIに次なる国際入札で勝ち残る上での大きな糧を与えました。集約するならそれは、国際的に十分認知されていなかった日本の工業技術における水準の高さを知ってもらうことに他なりませんでした。

失地回復のチャンスは思いのほか早くやってきました。同じ中南米のホンジュラスが、国家予算の5%を注ぎ込んで建設するという国内通信網の国際入札を行うことになったのです。入札参加に際して、OKIは同じ轍を踏むまいと同国与野党の国会議員8人を日本に招待しました。日本の通信技術が欧米に劣らないこと、とりわけOKIの技術の高さを工場見学などによってアピールするためです。

真摯な取り組みは実りました。1962年(昭和37年)6月、ホンジュラスの通信網建設が同国政府とOKIとの間で調印されます。首都テグシガルパ、第2の都市サンペドロスーラの市内電話設備、両市を結ぶマイクロウエーブによる市外回線設備のすべてをOKIが受注するという契約でした。

卓越した長距離搬送技術で世界に挑戦

日本のメーカーとして初めて海外プラントの契約落札に成功したという事実は、日本の通信メーカーにとって驚きと賞賛をもって受け止められたに違いありません。というのも、さかのぼること10年前、1952年(昭和27年)に発足した日本電信電話公社の初代総裁であった梶井 剛氏は「日本の電気通信技術は輸出産業になり得る」と提唱。その予見をOKIが実証したからです。

電気通信プラントの輸出には、国際規格に合致した最新の搬送技術が求められます。梶井氏の掛け声のもと、国産技術が主流であった国内通信網が、戦後、CCITT(国連の国際電信電話諮問委員会)規格に切り替わっていきます。OKIも積極的に長距離搬送技術の研究を推進。部品・材料をすべて自製するとともに、CCITT規格に合致した長距離搬送技術を自力で開発します。つまり、OKIは世界に誇れる搬送技術を武器に、ホンジュラスでの偉業に挑んだのです。


ホンジュラス政府に災害義援金を進呈

プロジェクトでは落札と同時に「ホンジュラス通信網実施本部」を設置。地球の裏側で設計・建設・開通までを一貫して進めるべく、万全の体制で臨みました。途中、同国で革命が起き、政権交代が行われるというアクシデントもありましたが、1963年(昭和38年)12月22日午前零時、ホンジュラスのプロジェクトは、テグシガルパ電話局の開通によって1つの節目を迎えます。開通式には当時の社長であった神戸 捨二が、同国大統領と各大臣から賛辞の言葉で迎えられました。契約調印からおよそ18ヵ月後のことでした。なお、OKIと同国との友好関係はその後も続き、それぞれの時代に最先端の電気通信技術を提供。1998年(平成10年)、同国が巨大ハリケーンによる災害に見舞われた際には、先頭を切って義援金を寄付しています。

ホンジュラスでの成功の翌1964年(昭和39年)、日本は東京オリンピックで湧き上がります。日本が国際社会で確かなポジションを築いていく中で、OKIもまた、高度な技術力を基盤に、真のグローバル企業へと大きく羽ばたいていくことになるのです。

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